【体験談】適応障害と診断された私の7ヶ月の休職記録

■ はじめに

適応障害と診断されたとき、医師からは「薬を使って働き続けるか、薬を使わずにしっかり休むか」を選ぶように言われました。
当初は迷いましたが、限界を迎えていたことを思い出し、最終的には薬なしで休むことを選び、診断書を書いてもらいました。

休職期間は最初1ヶ月の予定でしたが、思っていたより心も体も回復せず、最終的には約7ヶ月間休むことになりました。
この記事では、その間の過ごし方や心の動きについて記録としてまとめています。


■ 休職期間の過ごし方(月ごとの記録)

1ヶ月目:ほぼずっと家で『ピクミン』をしていました。何も考えたくなかった。

2ヶ月目:やることがなくなり実家に戻りました。このあたりから月1回のペースで原因不明の発熱が起きるようになりました。

3ヶ月目:友達と遊んだり、出会い系アプリでいろんな人に会ったりしていました。人との交流で気が紛れていた部分もありました。

4ヶ月目:再び発熱があり、扁桃腺の手術を受けることになりました。

5ヶ月目:体調も落ち着き、引き続き人と会ったり、普段通りの生活をしていました。

6ヶ月目:ようやく「そろそろ働こうかな」と思い始めました。ただ、まだ踏み出すには至らず。

7ヶ月目:最後の休みだし…という気持ちで海外旅行に。タイ・台湾・韓国をまわり、たくさんの刺激をもらいました。


■ 普段の生活のリズムと心がけていたこと

休職中は、生活リズムを崩さないように意識して過ごしました。毎朝早起きをして朝食を取り、親の仕事の送迎をすることで、一日の始まりにメリハリをつけていました。

日中は読書をしたり、正直に言えばパチンコに行っていた時期もあります(※ギャンブルは本当におすすめしません)。
一方で、読書は精神的にも前向きになれる時間で、自分にはとても良いリフレッシュ方法でした。

何もせずダラダラするよりは、散歩やランニング、スケボーなどの軽い運動の方が、心身ともに前向きになる実感がありました。

実家だったので食事の心配はなかったのですが、外に出ることが多く、外食は多かったです。

出会い系アプリは、平日も時間がある人間だからこそ融通がきき、結果的にいろんな人に会えました。
私にとっては、社会復帰前のコミュニケーション練習のような意味合いもありました。


■ 診断時の選択と休職期間の延長について

診断を受けたとき、医師から「薬を使いながら仕事を続けるか、それとも薬なしでしっかり休むか」を選ぶように言われました。

一瞬「薬で働けるなら…」と迷いましたが、そもそも限界を迎えて受診している時点で、もう休むしかないと気づき、正気を取り戻して診断書を書いてもらいました。

病院によっては「復職の意思が見られないと診断書は書けない」と言われることもあるそうです。
そういった場合は、最初は「3ヶ月を目処に復帰を目指しています」と伝えておき、
3ヶ月後に再診の際に「もう少しで戻れそうだけど、まだ不安がある」と話せば、プラスで数ヶ月の延長が可能なこともあります。


■ まとめ:休職期間は、興味を取り戻す時間に

休職中も手当が出ていたため、生活に困ることはありませんでした。
そのおかげで、やりたかったことに取り組む余裕もあり、結果的にとても良い休職期間になったと感じています。

最終的には、「飽きてきたなぁ、そろそろ働いてやってもいいかなぁ」と思えたタイミングで復帰するのが、自分にとってちょうどよかったです。

休職期間は、心と体の声に耳を傾けながら「自分のペースで過ごす時間」だったと思います。
無理せず、やりたいことをやる。興味を取り戻す。その積み重ねが、少しずつ前に進む力になると感じました。

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